ちょっと議論が沈静化したところで、靖国問題について。
なんか、聞いてみると周りからいろんな声が。
観点別に分けると:
・国の主導性
「日本自国のことを他国にどうこう言われる筋合いはない」
でも、国交というのは相手がいてできること。
人と人との付き合いというのが外交の本質なんだから、
「俺のやることに文句言うなよ」って言ってるだけなんだよね。
まして、相手は嫌がってるんだから、
当然考慮に入れる必要があるんじゃなかろうか。
・靖国参拝の目的
「平和への祈願、戦争や帝国主義に対する反省なんだ」
これについて自体は特に反論がなされているわけじゃなんだよね。
憲法の平和主義を踏まえての行為ではあるし。
ただ、その方法に問題があるんじゃないだろうかっていう話。
別に戦争に対する反省なら靖国神社じゃなくても。
戦没者に対する慰霊だったとしても、
武道館で天皇が筆頭として参列してるアレで十分。
・政教分離の原則
「私人として参拝してるんだ」
「今年は総理大臣名義で行ってるじゃないか」
公人と私人の区別ってどこなんだろう。
いや、そもそもそんな境があるのか。
内閣総理大臣という肩書きを背負ったのなら、
日本国民の代表であるという自覚は当然なきゃならない。
それに加えるならば、彼のいかなる挙動も、
実際に他国の視点からすれば、報道される限り、
たとえ好意的であろうとなかろうと、
それは内閣総理大臣、日本国首相の挙動なんだということ。
公人か私人かは、他国から見れば問題はそこではないっていう話。
逆に国内で見たとき、どこまで問題があるんだろうか。
これは国外から見たときとはまったく話が変わる。
上で述べたことは一切忘れてもらっていい。
参拝にかかる費用をどこから出すか。
問題はこれ一点に絞ることができる。
そもそも政教分離っていうのは、
宗教的行事と行政を分離させることであるのだから、
まず、公費で参拝はまずいんだろうなということ。
では総理が動物園に行ったとする。
その入園料を国が出すか、彼のポケットマネーか。
まぁ、軟弱で極論的な例えではあるんだが。
ポケットマネーなら問題ないよねーっていう話。
もちろん、これは国内に限定した視点であることをお忘れなく。
・靖国神社のナカミ。
「以前靖国神社行ったけど、別に対したものなかったよ」
誰かがメッセで言ってたことを勝手に引用。
……そういう問題じゃなかろうに。
何が収められていようと、靖国神社はあまりにも象徴的すぎる。
例えば天皇制廃止を論じているようなときに、
天皇の遺伝子を分析し、その塩基配列について並べ立てるような、
そんな本筋とは関係のない話である。
「死んで靖国で会おう」というような、
出征するときの台詞を引き合いに出さなくても、
靖国神社がどういう場所であったかは理解されうるだろう。
それを、所詮髪の毛があるだけーとか言っても仕方ないっしょ。
でも、正直な話、戦争のことは風化させてはいけないって、
それが次に何かあったときにブレーキになるとか、
そういうのって実際どうなんだろうね。
戦争はよくないっていうことを、
わざわざ先の大戦のことを引っ張ってくる必要あるのか。
そうしなければ踏みとどまれないくらい愚かなのか。
火が危ないことは、火傷した経験のないひとには伝わらないのか。
それはやっぱり違うと思うんだけどなぁ…。
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それほど参拝にこだわりがあるのではなく、
票田に行くと宣言したから行っているだけで。
昨今を見ていると、公務員に良心があるのかと疑ってしまいますがね。