思う。
結局はこれでよかったんじゃないかと。
半年の決算にしては随分と情けない結果だが。
今では。
相手の友人という名の第三者が発した、
呪いの言葉のせいとまでは考えていないが。
偶然にしては作為的ではあったにしろ。
会っても話し掛けないし。
話し掛けられもしない。
こうなっては「会った」という言葉の定義すら危ういが。
それでも。
この半年間の結果としてこうなったこと。
それは疑いの無い事実。
そしてまたようやく止まった時間が動き出す。
あ、始まってすらいなかったことに目を瞑りながらも、
終わったんだなぁと思った12月の2週目に止まった時間から。
物が詰った空間と伽藍堂の空間。
その行ったり来たりの繰り返しをある人は人生と呼んだ。
おそらくそれは正しいのだろう。
高みから覗き込めばようやくケリがついたと言ってしまうのは簡単。
割り切った。
ふっきった。
そう単純な戯言に次元を落として、
言ってしまうのもまた危うさを孕む。
しかしそれでも。
悔しさを感じることはなくなったし、後悔もまた然り。
あのときこうしてればよかった等々。
哀しさを感じてしまうのはおそらく仕様であるにしろ。
半年。
長いのか短いのか感じ方はいろいろあるが。
それでもあっという間と言えてしまうような時間ではあった。
おそらく夜半過ぎまでくだらないネタの振り合いとか。
そんなのはもう金輪際ないのだろう、と勝手に思う。
相手に恵まれないとかそんな話じゃなくて。
あのゆったりとした時間をこの上なく大事に思っていたのは事実。
失ってしまってから言うのもなんだが。
もし。
そんな仮定の話は嫌いだが。
それでも考えたことが無いというのは嘘。
違った過程があれば、違った結果もあったかもしれないとか。
そんなのはやはりユメでしかない。
妄想であり暴走だ。
人を傷つけるのは正直苦手分野だと思ってました。
苦言毒舌誹謗中傷の類なら得意分野に分類されてしまうだろうか。
半年間でどれだけ傷つけたかなんて知ってしまうのは怖い。
傷つけられるのには慣れてるとか、
そんな言葉を吐いたことはいくらでもあるけど。
怖いっていう言葉のついでに。
人を怯えさせるとかっていうのも苦手分野。
思い込みとかじゃなくて。
不得意とかじゃなくて苦手。
小動物が自分を怖がってるっていう感覚か。
どうしょうもない焦燥に駆られ、
それに続く行動に怖がられ。
悪意も他意もないにも関わらず。
そういう意味ではこれは自分のもつ本質的な問題なんだろうか。
ちょっとしたレベルの高い課題か。
半年前。
自分は何を思ってたんだろうか。
半年後。
自分は何を思ってるんだろうか。
天気が冴えない日に北陸の冷たい雨に打たれながら、
物思いに耽っている時に訪れた転機。
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